一人暮らしでペットも飼っていないくせに拙宅は基本的に24時間ずっとエアコンを入れっぱなしにしてます。
いつでも快適に保たれる室温は、さながら創業から使い続けている老舗のうなぎ屋のタレのようにつぎ足しつぎ足しで作られているのです。
先日、3年住んでいるマンションのエレベーターが喋れることを初めて知りました。
ちなみに最初の発話は「お待たせしました」でした。
いきなりの事に驚いて、思わずリアルに声を出して「お前しゃべれたんかい!」と関西弁で突っ込んでしまいました。
「おれはブルベ夜だと思う」
「夜ってなんやと? ふつー春とか冬やろ」
「でもさ、俺って”夜”なんだよね」
こういう時、無駄に詩的な言い回しした自分をじっくりと賞味したいよな。そうだろ?
運転中、赤信号に阻まれて停止した時のことでした。
下校中の小学生男児が信号待ちをしていたのですが、停車した私の車に向かって指をピストルの形にしてバキュンバキュン撃ってきました。
子供という存在は、未来の宝物ですね。
久しぶりに自分より汚れていないものに遭遇し、本当に尊いと思いました。
世の中には自分の仕事を親に言えない人もいるんだよね。と改めて気づいた時のちょうどいい大きさの感慨を、ひとりで飲んでいる時に不意に思い出して鼓動が乱れる夜がありますよね。
なんかさ、飲食店を「利用する」って感じじゃなくて、「応援する」って感じの人多いっすよね。
かえって前者との邂逅の際その眼差しに緊張感を呼び起こされます。ありがとうございます。
好きなひらがなは「む」と「ぬ」。名前にそれらが無いのが悔しい。
「どちらまで?」
「中野坂上までお願いします」
「ご希望のルートはございますか?」
わざと遠回りの道を指示して、タクシーの運転手にゆっくりと愚痴を聞いてもらう。
そんな夜があったっていいですよね。
そんな経験がある大人になりたかった。
色とりどりの女性が、弁当のような画一的なものを食べる姿は少しだけ興奮します。
「西武新宿駅の”じゃないほう”の出口」
「ああ、あっちの出口ね」
そろそろサーモンはスモークしない方が圧倒的に美味しいと誰かが言わないといけないフェーズにきている。
かねてより提唱している田舎の定義です。
その地域において最も高いビルが公共のものである場合、田舎とみなす。
オラのまちにも高層ビルが欲しいっぺ。けど民間にそんな需要ないさあ。せや、新しく建て替える庁舎を高くしたろ。これでオラの所にも高層ビルができたっぺ。の精神がとても田舎っぽいですよね。ほら群馬県で一番高い建物が群馬県庁舎とか。
って雑談しながら麻雀してたら放銃しました。ちなみにロンした人は茨城出身でした。
8000点を支払いながら「ところで牛久大仏って高層ビルに入ります?」って言えなかったあたりが、まだまだギャグセンが低いと猛省しました。
こういうレスポンスが瞬時に思い浮かぶおもしろい人になりたい。
本籍地っていう制度、意味あります?
女性や二十代の友人は「まだおじさんじゃないよ」と私を評する。
一方で、おじさんの友人たちは「お前ももうおじさんやで」と私をおじさんの枠に引き入れる。
きっと、おじさんは寂しいんだと思います。
寂しいから仲間を増やしたいんだ。
おじさんって、ぷよぷよみたい。
私の周りのおじさんはみんな魅力的なので、彼らと比べると私にはまだおじさんを引き受ける自信がありません。
おじさんの作法ってどうやって学ぶのだろうか。
「吝嗇家」が読めなかった友人をみんなで笑ってたけど、実はつい最近「簒奪者」が読めなかったことは秘密にしておいた。
でもさ、吝嗇家は周囲にも割とたくさんいるけど、簒奪者は滅多にいないからセーフですよね。

それでは、今後の休業予定です。