寒い夜だから。

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昨年末でした。

 

 

「獺祭クダサ~イ」

 

 

ネパール人の友人ミランが仲間と盛り上がるテーブルで盛大に崩れ落ちるジェンガ。

 

ジェンガを崩した人が日本酒を一気飲みする罰ゲームに興じだすと、負けた人は悔しさのあまりもう一戦挑むという「獺祭確変状態」。

 

 

「ねえミラン、テキーラもイェーガーもあるよ」

 

日本酒はそうやって飲むものじゃないでしょ。

そう思い進言するも、ミランはそれを丁寧に謝絶してやはり「獺祭」をオーダーします。

 

 

そう。

 

彼は日本酒が好きなのです。

 

 

東京に住んでもネパールカレーしか食べないというくらいコンサバな国民性のネパール人の中で、彼はとにかく規格外の男なのです。

 

 

まず、低身長な人が多いネパール人には珍しく190超えの長身でWiz Khalifa似のガチイケメン 。

その上、日本語も英語も堪能で国籍を問わず誰とでもすぐに友だちになれる陽キャラタイプ。

 

「貧困国だけど心は美しい」というネパール人にありがちなかたくなで根拠なきアイデンティティさえ否定し、「故にネパール人はプライドが高くて、ネパール人で群れて、労働を悪と感じている面があるので嫌なバイトはすぐに辞めちゃいます」と同胞の東京での生活スタイルさえ批判的な眼差しで冷笑する男。

 

郷に入れば郷に従うを地で行く日本酒好きの、中野区に閉じ込めておくのはもったいないくらいラージな男。それがミランです。

 

 

 

「店長も乾杯シマショウ~」

 

ビールをごちそうになりジョッキとお猪口をぶつけ合うと、仕事に戻るぼくの背後で再びジェンガが積み上げられます。

 

背後であがるミラン御一行の歓声を背中で聴きながら、ぼくはなんだか年末特有のウキウキとした弾ける気持ちが湧き上がるのを禁じえませんでした。

 

 

 

ミランは言うに及ばず、以前働いていた店のアルバイトや常連さんがいまでも当店に通ってくれるのは、ほんとうに嬉しいです。

 

いや、嬉しさを通り越してむしろ「慈しみ」にさえ感じます。

 

とりわけ頻繁に来店いただいているT君は前の店の常連さんでもあり、ぼくが前の店を退職してしばらくすると個人的に連絡をとるようになり、今では友人でもあります。

 

最初はお互い名字に「さん付け」で呼んでいたぼくらも、やがて名前に「くん付け」で呼ぶようになり、いまでは「T」「U」とアルファベットで呼び合うレベルにまで短縮されてきました。

 

30を過ぎても、新しいともだちってできるんだなぁ。

 

そんなディスカバーを抱かせてくれたT君には、なかなか言語化しづらい魅力があります。

 

 

その晩、T君は奇しくもミラン御一行のすぐ脇のカウンターでSちゃんと飲んでいました。

 

Sちゃんは開業後半年くらい経った頃にふらってやってきた女子で、某ハリウッド女優似の美人です。

 

そしてSちゃんにもなかなか言語化しづらい魅力があり、その二人はどこかよく似ていました。

 

繊麗さと破天荒さをあわせ持ち、嘘がつけない正直な性格が二人はほんとうによく似ています。

 

 

その上!

 

 

今だからはっきり言うけど!

 

 

酩酊した時の!

 

 

タチの悪さが!

 

 

この二人はほんとうにクリソツなのです!!!!

 

 

 

 

そう。

 

 

もはやフラグはたちました。

 

 

ラージな男ミラン。そのかたわらに、破天荒なT君とSちゃん。

 

 

「白」と「撥」と「中」が揃ってしまったのです!!!

 

 

 

 

「ルォォォ~~~ンっ!!!!!」

 

 

思わずぼくは役満「大三元」の和了を宣言せずにはいられませんでした。(´・ω・`)

 

 

 

 


「HEY! 一緒にゲームしましょ!」

 

T君Sちゃんがぼくと懇意だと悟ると躊躇なくジェンガに誘うボーダレスなミラン。

 

 

ワールドワイドなジェンガが始まるまでに時間は要りませんでした。

 

「どきっ!アジア人だらけのジェンガ大会! 負けたら日本酒一気飲み!!」という現代ではそこそこトガッたテレビマンでも遠慮するような企画が中野坂上の居酒屋ではじまってしまったのです(・_・;)

 

 

ガッシャーン!!!!

 

 

酔っ払ったT君がテーブルごとぶっ倒しそうになると、中山律子のストライクみたいな快音をたてて豪快に倒れるジェンガ。

 

その横で、なぜか酔っ払ったSちゃんも倒れます。

 

そしてなぜか負けてもないミランが自発的に日本酒を一気飲みし、完成する「THE・乱痴気騒ぎ!」

 

 

 

あーあ、もったいない。。。。。(´・ω・`)

獺祭の仕入れ値を知っているぼくは、ひたすら眺めるのみ。

 

 

 

お客さんが喜んでくれるのならいいや。どこかで諦観しながら爆発寸前のテンションを見守っていると、ミランがおもむろに二人に言いました。

 

 

 

「一緒に忘年会に行きましょう!」

 

 

 

・・・・・え? 忘年会?

 

 

 

一同が戸惑っていると、ミランは状況を説明しだしました。

 

どうやらこれから自分がバイトしている「和民」の忘年会があるらしく、深夜から始まる忘年会の前にあらかじめエンジンを空ぶかしする為に当店に飲みに来たのだそうです。

 

「1時から忘年会だから、一緒に行きましょう!」

 

 

太平洋すら一歩でまたぐようなボーダレス感覚のミランは、自分がバイトしている店の忘年会に、その日知り合ったばかりの人まで誘ったりします。

 

とにかくそのあたりがラージな男。それがミランです。

 

 

 

「店長も一緒に!!!」

 

「え? オレも?」

 

 

ミランはT君やSちゃんだけでなく、ぼくにも忘年会へ参加して欲しいようです。

 

「だいじょぶ!」

 

んんんんん。。。。。

 

「だいじょうぶ!オレが主催だから!」

 

「いやいやいや、大丈夫じゃないでしょ」

 

「ダイジョブだよ!」

 

「いやいやいやいや」

 

「ダイジョブだよ」

 

「お店のスタッフの忘年会でしょ?」

 

「オレが主催の忘年会だから大丈夫!」

 

とにかく「大丈夫」の線引きがガバガバで、淀みがありません。

 

 

「お店のスタッフの忘年会でしょ?」

 

「和民の店長もOKって言うよ」

 

「いやいやいやいや、言わないよ」

 

「言うんだよ!」

 

「普通の店長なら言わないよ」

 

「フツーじゃないよ!」

 

 

 

・・・・・っ!!!

 

 

 

部外者を参加させるためなら、店長すら「フツー」の枠の外へ放り投げてしまう。それがミラン。

 

 

 

 

「おれは構わないよ」

 

一方で、すでにベロンベロンに酔っ払っているT君もSちゃんもそのあたりに頓着しなくなっています。

 

「行っちゃう?」

「うん♪」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・え?」

 

 

 

 

 

破天荒な二人の日本人と、ラージなネパール人。

 

そしてシラフのぼく。

 

 

 

NOと言えない日本人のぼくが、弥次さん喜多さんよりも厄介な三人を連れてタクシーに乗り込んだのは午前零時。

 

 

そう。

 

「中野道中膝栗毛」の幕開けでした。

 

 

パチパチパチ~♪

 




 

「大久保通りを左折でお願いします」

 

運転手さんに告げるぼくの横で、いつもの半分くらいの座高でシートにもたれ掛かかるT君。

 

時おり意味をなさない言葉を発するT君を無視し、Sちゃんが憂いを帯びた眼差しで車窓の外を流れる景色を眺めています。

 

「いやぁ、今夜はずいぶん月が大きいですね~」

 

泥酔状態の三人を連れているぼくは、なんとなく申し訳ない気持ちで運転手さんに話題を振ると、

 

「フツーだよ!」

 

とエレカシも驚愕するほど情緒もへったくれもないツッコミを差し込むミラン。

 

 

「いやいや、今夜はスーパームーンなんだって」

 

となだめるぼくをかき消すように

 

「毎日変わらないよね、月は」

 

と肉眼で観測しただけの事実で話題を終わらせるT。

 

 

 

あ~もう!

 

 

なんなんだよ!こいつらは!!

 

 

騒がしい客で申し訳ないという思いで運転手さんに話しかけてるのに、なんでオレが恥をかかされてるんだよ!

 

 

 

 

 

「やはり年末はタクシーも繁忙期ですか?」

 

タクシーに乗る度にたずねるお決まりの話題で運転手さんにジャブを入れると、

 

「居酒屋も忙しいんだよ、年末は!」

 

と妙に飲食業界に精通したミランが話題をかっさらいます。

 

それにT君が便乗して

 

「自意識過剰も忙しいでしょ? 儲かってるでしょ?」

 

と茶化して妙な空気になってしまうというありさま。

 

 

 

 

 

もう! この酔っぱらい!

 

なんでオレが痛くもない腹を探られてるんだよ!

 

 

 

悔しいので意地悪なぼくが

 

「Tの来店頻度が増えればきっと儲かるんだけどね~」

 

と切り返すと、なぜかそのまま虚空をぼんやりと見つめて黙り込むT君。

 

 

 

おい! なんか言えよ!

 

なんか言うだろこのパターンなら!

 

ボケ潰しかよ!

 

 

 

15分後、タクシーという事業に不可欠なはずの運転手さんが最も存在感のないまま中野駅のガード下に停車したタクシーから転がり落ちたぼくたちは、そのまま商店街を歩いて「和民」へと向かいました。

 

 

 

 

 

「ファッ!?」

 

 

アーケードをくぐりながら、思わず素っ頓狂な声が漏れました。

 

 

「え? どうした?」

 

 

・・・・ない。

 

 

「どうしたの?」

 

 

・・・・ない。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

・・・・・・ない。

 

 

「ない」

 

 

「ん?」

 

 

「ケータイ、無いんだよ」

 

 

「え?」

 

 

走馬灯のように、これまでの情景がフラッシュバックします。

 

 

店を出た時は?

 

 

タクシーを拾った時は?

 

 

車内では?

 

 

Tがグダグダ言っていたタクシーの車内では、確実に握りしめていました。

 

「スーパームーン」をiPhoneで検索した時の情景がありありと浮かびます。

 

 

 

ってことは・・・・・。

 

「たぶんタクシーの車内に忘れたっぽい・・・・・」

 

 

 

業種を問わず、小規模な個人事業主にとって携帯電話は生命線です。

 

仕入れ業者さんとの連絡も発注もiPhoneでやりとりしています。

 

 

 

嗚呼。

年末の繁忙期に最も紛失してはいけないガジェットを、ぼくはうかつにも紛失してしまったようです。

 

 

 

なんということでしょう。

 

貧すれば鈍す。

 

まさに諺どおりの状況に青ざめながらもシラフのぼくはTからケータイをかっさらい、東京のタクシーの忘れ物を統括している業界団体のサイトを見つけ、電話をかけました。

 

 

コール一発でつながった電話口のオペレーターに状況を説明すると、

 

「まずは警察へいって遺失物届を出して下さい」

 

とのこと。

 

 

 

・・・・・ん? ・・・・・このパターンは雲行きが怪しいぞ。

 

 

 

「悪いけど先に行ってて。おれ、交番寄ってから駆けつけますから。さーせん」

 

一方的に言うやいなや、

 

「白」と「撥」と「中」を中野の商店街に放り投げて、Tのケータイを持ったままのぼくは放たれた矢のように南口の交番へダッシュで向かいました。

 

 

 




事情を説明し、手続きを済ませ、交番を出る時におまわりさんへ向かって深々と頭を下げました。

 

「お手数おかけします! なにとぞよろしくお願いします!」

 

これまでのどんな謝罪よりも深く頭を下げ、思わずおまわりさんの手を握りそうになりました。

 

おまわりさんがぼくのiPhoneを探してくれる訳でもないのに、何故なのでしょう。

 

藁をもすがる思いとは、まさにこういう事をいうのかも知れません。

 

面倒くさそうに対応するおまわりさんに向かって、警察という権力にあっさりと忠誠を誓う小市民ぼく。

 

ごめんさない! もうN.W.Aの「FUCK THE POLICE」は聴きません!

 

 

 

・・・・あーあ。

 

 

やっちゃった。

 

 

皆が先に到着している「和民」へ向かう道すがら、念のため、タクシーを降りた地点をスリ足で歩いてみますが、そこあるのは中野産の吐瀉物のみ。

 

 

くそう!・・・・・。

 

 

心の折れたエンジェルは肩を落としながら引き続き「和民」へと向かいます。

 

 

しょんぼりと歩く商店街。きっと上空には大きな満月がぽっかりと浮かんでいるんだろうなぁ。

 

でも、今のぼくには上を向いて歩く気力なんて無い。

 

心の中で「禁じられた遊び」の旋律が悲しくリフレインします。

 

 

 

「オニーサン、マッサージどう?」

 

途中で声をかけてくるキャッチのおじさんやおばさんの手にはケータイ電話が握られています。

 

 

 

あ~あ。

 

あの人たち、みんな自分の携帯電話持ってるんだよな。

 

いいな~。

 

羨ましいな~。

 

 

 

井上陽水の「傘がない」という曲がありましたが、今のぼくには「iPhoneがない」。

 

 

 

そう。

 

 

 

水没して女神に助けてもらった時に機種変したあのiPhoneです。

 

7Plusです。

 

ディスプレーの大きい方です!

 

黒の!

 

かっこいい!

 

オレのiPhoneが!

 

 

ねぇんだよ!!!!!

 

 

300枚以上の写真も、1000曲以上の音楽も、100冊以上の電子書籍も、

 

すべてを失ってしまったんです!!!!

 

 

うぇ~~~ん(泣)

 

 

 

半べそでようやく「和民」に到着すると、穏やかではない空気を背後に背負ったミランが心配そうに尋ねてきます。

 

 

「あった?」

 

「ううん、でも紛失届だして警察に忠誠を誓ってきた」

 

「いいね!」

 

・・・・なにが「いいね!」だよ。Facebookかよ。

 

 

 

しかし、そんなことよりこの不穏な空気はなんだ??

バイト仲間の女の子が困ったような表情を浮かべています。

 

 

やはりそうか。

勘のいいぼくはすぐにピンときました。

 

 

「撥」と「中」が邪魔なんだな。

 

結局、ミランの勇み足だったんだ。

 

当然だ。

 

ミランが主催したとはいえ、店の忘年会だ。

 

部外者が参加していいはずがない。

 

きっと店長さんも困ってるに違いない。

 

レジ前に店長さんを見つけ、ぼくは申し訳ない気持ちで近づきました。

「あの~、二人ほど部外者がいると思うんですが・・・・・・」

 

「ああ、構いませんよ」

 

 

 

・・・・・へ?

 

 

 

「定額制なので、料金さえ支払って頂けるなら参加していただいて構いませんよ」

 

 

 

・・・・・・たくましいな、商魂が。

 

 

 

「しかし部外者ですので・・・・」

 

 

「ウチはOKですよ。ね?」

 

「そうですよ。上の階で飲んでるから一緒に行きマショウ!」

 

店長のお墨付きをもらって、勢いを強めるミラン。

 

「大丈夫だよ!」

 

「いやいやいやいやいや」

 

「だいじょぶダヨ!」

 

ミランが言っていたことはすべて正しかった。

 

本当に部外者が参加してもいいし、店長はマジでフツーじゃなかった。

 

 

 

その時でした。

 

 

「ダメですよ!」

 

 

店長のまさかの回答に困惑するぼくとミランの間に入ってきたのは、バイト仲間の女の子でした。

 

「困りますよ。ミランさんもダメって言って下さい!」

 

しかし既に泥酔状態のミランは「だいじょぶダヨ!」を連発する始末。

 

 

THE・カオス!

 

 

 

ここはシラフかつiPhone非所有のぼくが女の子に同調して世論操作をしなくては!!!!

 

 

「上の階で飲んでますよ」

 

「いやいやいや。ダメだって。ね?」

 

「駄目です」

 

「ですよね~。ほらダメだって。ミラン、あの二人を呼んできて」

 

「だいじょぶダヨ!」

 

「大丈夫じゃないよ。呼んできてよ。オレあの二人を連れて帰るから」

 

「上で飲んでるよ、でもダイジョブだよ!」

 

「大丈夫じゃないですよ、ミランさん」

 

 

諭すような女の子を遮るようにミランは「ダイジョブ」を連投するばかり。

 

 

 

 

・・・・・埒が明かねえ。

 

 

 

仕方あるまい。

 

 

もはや行き場を失ったぼくは、靴箱に靴を入れ「ろ六」の札を取って階段を駆け上がると、案の定、個室の前で従業員の女性が二人、困ったような表情を浮かべて立っていました。

 

「すいません!」

 

謝罪の言葉で二人の間をくぐり抜けると、個室の奥のカミ座で楽しそうに酔っ払っているTとS!

 

 

 

「あの~」

 

「おっ! U!」

 

「・・・・・帰るよ」

 

「うん。わかった」

 

「下に降りて待ってるから、すぐ来てね」

 

「うん。わかった」

 

階段を駆け下りて「ろ六」を差し込んで靴を取り出して玄関前へ。

 

 

・・・・・・わざわざ「ろ六」に入れる必要あったかな。

 

 

「ろ六」の乱用を反省しながら二人を待っていると、

 

 

「あ! なにしてるんですか???」

 

和民スタッフのAさんと鉢合わせしました。

 

 

既にこれまでの顛末を説明するのが面倒くさいぼくは、状況をかいつまんで、とりあえずこう言いました。

 

「ケータイ紛失しちゃったんですよ~」

 

すると、気のいいAさんは言いました。

 

「じゃあ電話してみます?」

 

 

 

・・・え?

 

 

 

「私のケータイ使って、ご自身の電話にコールしたらいいじゃないですか。どうぞ」

 

 

 

そうじゃん!

 

それで解決するじゃん!!!

 

天才かよ!!!!!

 

 

 

そうです。

 

動転して我を失っていたぼくは、そんな単純なソリューションにすら気付かなかったのです。

 

ちなみにこの時点でTからかっさらったTのケータイは、ぼくのポケットに入ったままです。

 

最初からTのケータイで電話かけてみればよかったじゃんΣ(・∀・;)

 

わざわざ遺失物問い合わせセンターなんて検索する必要なかったじゃん!!!

 

交番だって行かなくてよかったじゃん!

 

国家権力に忠誠を誓う必要なんて無かったじゃん!!!

 

 

Aさんのケータイを借りてコールすると、すぐに運転手さんに繋がりました。

 

事情を説明すると、運転手さんは中野駅前に30分後に到着できるとのこと。

 

ガード下での待ち合わせを約束して電話を切り、Aさんにお礼を言うと、Aさんはさも当たり前のように笑っていました。

 

ぼくもAさんのように柔軟は発想で難局を乗り越えられる人間になりたいと、その時、心から思いました。

 




 

「またね~ミラン♪」

 

ようやく二階から降りてきた「撥」と「中」を連れて店を出ると、外気はピリピリと皮膚を切り裂くような冷たさです。

 

iPhoneのことですっかり頭がいっぱいだったけど、今夜は随分冷えるなぁ。

 

タクシーの運転手さんと待ち合わせした地点に向かっていると、不意に思い出しました。

 

 

あ!

おれ、国家権力に忠誠を誓ったんだった!

 

 

もはやiPhoneの所在がはっきりした以上、先ほど提出した遺失物届は不要です。

取り下げてもらわなきゃ!

 

 

しかし、である。

 

ベロンベロンに酔っ払って暗刻にすらなってない「撥」と「中」をこの場に放置するわけにもいくまい。

 

というかよくよく考えたらか彼らは友だちである前に当店のお客様だ。店主のぼくがぞんざいに扱うわけにはいかない。

 

 

 

「あのさ、悪いんだけど、交番いきませんか?」

 

 「へ?」

 

「交番?」

 

「どうしたの?」

 

「なにかあった?」

 

 

 

 ・・・・こいつら、おれがiPhone紛失した件なんてすっかり忘れてやがるな!

 

 

 

 面倒くさいながらもコトの顛末を説明すると

 

「じゃ、交番、一緒に行ってあげてもいいよ♪」

 

とこっちの苦労も知らない物言いに思わずウケるぼく。

 

 

が、交番へ向かう道すがらも、酔っ払っている彼らはフワフワと夢の世界に半分浸かったような千鳥足。

 

通信制限がかかった回線みたいな速度で、ゆっくりと彷徨する中野通り。

 

 

ヤバイ。この速度で歩いていたら運転手さんとの待ち合わせ時刻に間に合わないかもしれない。

 

 

 

「あのさ、おれ、先に交番行っとくね。このまままっすぐ歩いておいで」

 

ガードレールとビルの壁にぶつかりながら前進したり転んだりしている「撥」と「中」を振り切ってぼくは足早に交番へ向かいました。

 

 

「へぇ~~まっすぐ歩けな~い」

 

背後で、聴き親しんだTの声が聞こえました。

 

 

知るか!

 

 

 




 

「はい、すいませんでした。お手数おかけしました。もう大丈夫です。ほんとすいません」

 

 

暖房の効いた交番で遺失物届を取り下げる手続きをしていると、ドアが大きな音を立てて開きました。

 

 

ガラガラガラ、、、どんっ!!!!

 

 

警察24時でよく見る事件の予感!

束の間、脅威の瞬発力で立ち上がる警察官。

走る緊張。

突如として赤灯が回転する物々しい雰囲気に。

 

「おいおい、なんだ?」奥の休憩室から休憩中の警察官も出てきます。

 

テロリストか? いや暴漢か?

 

 

嫌な予感がしてぼくも振り返ると、そこには一対の男女がぶっ倒れてました。

 

 

 

そう。

 

 

TとSです。

 

 

 

 

「あ、あの。すいません。ぼくの連れです」

 

 

 

 

顔から火が出るとはまさにこの事。

 

 

携帯を紛失したと慌てふためいていたくせに30分後には遺失物届を取り下げるという情けなさに加え、泥酔した仲間が交番へ闖入してきたのです。

 

 

 

THE・てんやわんや。

 

 

 

 

もう!

お前たち「てんやわんや」ってコンビ名で吉本興業に所属でもしてろ!!!

 

 




腰の蝶つがいがガバガバになるほど謝罪し交番を出ると、待ち合わせの時刻までは10分ほど余裕がありました。

 

 

「寒~い」

 

 

少しアルコールが抜け始めているSちゃんが寒そうに震えています。

 

よく見ると、膝上丈のスカートで本当に寒そうです。

 

T君もスーツ姿でいかにも寒そう。

 

 

温かい飲み物でも買ってあげようかな。

 

 

しかしぼくはこの時点で芸歴一年目の「てんやわんや」を甘やかしてはいけないというナゾの使命感を抱いていたので、運転手さんへのお礼兼差し入れとして一本だけホットの緑茶を自動販売機で購入しました。

 

「よし、これは運転手さんへのお礼だ」

 

わざとらしく口に出して言うと、なぜか自販機に向かって「てんやわんや」の二人が猛進して転んでいましたが、もう、スルーです。

 

 




 

「寒~い」

 

ヘロヘロの二人を引率しながらようやくガード下へ到着すると、Sちゃんが「寒い」を連呼しながらしゃがみ込みました。

 

 

おい! 芸人に「寒い」は禁句だろ!

 

 

なぜか鬼マネージャーの気分で二人を全力無視していると、TくんもSちゃんのかたわらにしゃがみこんで震えています。

 

そして、なぜかその二人を背後からニチャ~っとした笑顔で見つめているサラリーマンの知らんオッサン。

 

オッサンを眺めるぼく。

 

ぼくの手元には運転手さんへの差し入れのお茶と、Tのケータイ。

 

「それ返してよ」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

「役に立った?」

 

「・・・全然」

 

 

不可解すぎる状況が、いかにも年末の風情に拍車をかけます。

 

 


 

5分後、ハザードを焚きながらゆったりと滑り込んできたタクシーに、ぼくは思わず手を振りました。

 

 

「わぁ~、このタクシーだ。すいませ~ん」

 

 

震えている二人を後部座席に押し込んで自分も乗り込むと、運転手さんがこれまでの顛末を説明してくれました。

 

江古田でお客さんを降ろした時にドアと座席の間に挟まっているiPhoneを発見し、困っていたらちょうど電話が鳴ったのだそうです。

 

「通常こういう場合、コールは取らないんですが、なんとなく予感がして、出たんですよ」

 

それが偶然にもAさんのケータイから電話したぼくだったそうです。

 

 

「本当に助かりました。ありがとうございました」

 

「よかったですね~」

 

人の良さそうな笑顔の運転手さんからiPhoneを受け取り、えも言えぬ感慨に浸りながらメーターを見ると、そこには初乗り料金の表示が。

 

 

 

江古田からメーターを回さずに中野まで来てくれたんだ。。。。。

 

 

 

申し訳なさで泣きそうになりながら、とりあえず中野坂上方面へ向かって欲しいと伝えました。

 

 

「ほんとうにありがとうございます!!」

 

 

 


 

「へ? 二次会の店ついた??」

 

10分後、自宅の前にタクシーと停車させると、なにを勘違いしたのか酩酊状態のTが一緒に降りようとします。

 

 

 

くそぅ、この酔っぱらいめ!

 

 

 

「いやいやいやいや、おれ、帰るから」

 

「え? 二次会は? 二軒目は?」

 

なんなら、もはや三軒目じゃねーか。

 

「降りる? おれも降りる?」

 

いやいや、帰れよもう。

 

「Sも二次会いく?」

 

二次会じゃないから。俺んちだから。

 

iPhoneを奪還してすっかり気持ちが安定しているぼくは、Tに2000円だけ握らせて運転手さんに告げました。

 

「この人たち西新宿まで乗せていって下さい。ご迷惑おかけしました。今日はほんとうにありがとうございました」

 

Tを車内へ押し込んで自動のドアを無理やり手動で閉めると、車はスムーズに滑り出し、

 

「じゃ~ね~」

 

と太陽のような笑顔のTが手を降っていました。

 

 




 

「は~ぁ、疲れたなぁ。コンビニでビールでも買って帰ろうかな」

 

今日一日の出来事を反芻しながら妙にセンチメンタルな気分のぼくの頬を12月の冷たい風が刺します。

 

「やっぱやめよう。ビールを飲む気分じゃないや」

 

なんか、色々なことがありすぎた一日だったなぁ。

 

とぼとぼと帰り自宅の玄関前でカバンから鍵を出そうとした時でした。

 

 

 

 

・・・・あっ!

 

 

 

ふと気づくと、ぼくの右手にはペットボトルが強く握られていました。

 

 

 

 

あ!

運転手さんにお礼のお茶差し上げるの忘れてた!

 

 

 

 

「くそぅ! 酔っ払いめ!」

 

 

 

つぶやいた声が、冷たい玄関のドアに虚しく反射しました。