東京青春物語

 

「東京工芸大学のものですが」

一ヶ月ほど前でした。

 

 

「webのほうで確認したんですが」

拝見したのですが。と言わないあたりに奇妙な好感を抱きながら、ぼくは受話器を右手に持ち替えました。

 

「自主制作の映画を撮っていて、場所貸しをやってると聞いて、居酒屋のスタッフの更衣室と店の前で撮影するんですが、撮影は今週の日曜の夜に」

先方はあまり伝達が得意ではないようで、話の要点が一向にまとまりません。

 

居酒屋の店主であるぼくに向かって「その居酒屋のスタッフの」とか言うので、癇に障るというより聞いているこちらが不安になってきます。

 

右往左往する論旨をまとめると、要するにこうです。

 

我々は東京工芸大学の学生で、自主制作映画を撮影していて、「居酒屋の更衣室」と「居酒屋の店頭」のシーンの撮影に場所を提供して欲しい。撮影予定日は来週の日曜。

 

ということらしいです。

 

 

当店には更衣室もないし、先方の要求する「ガラガラと開く居酒屋のドア」でもないので作品の誂えにむかないと説明し、その話はそのまま流れたのでした。

 

 

……きっと下級生が交渉の電話をするように命じられているのだろうな。

 

名前さえ名乗らないほど話の要点が覚束ない交渉役にぼくは好感を抱き、「霧島、部活やめるってよ」の映画部のような学生を想像し、その絵に描いたような青春になんだか暖かな気持ちにを禁じえませんでした。

 

 



 

 

二度目のコールはそれから三週間ほど経ってからでした。

 

前回とは違う人のようでしたが、論旨は同じく更衣室と店頭のシーンの撮影に使いたいというオーダーでした。

 

 

「一度ロケハンにいらしたらいかがですか?」

先方のイメージに適っているかぼくの方で判断できないので、そう言って電話を切りました。

残念だけど、当店には先方の要求している更衣室も、ガラガラと開くタイプの居酒屋の入り口でもないのです。

 

「とはいえ、きっと場所を貸してくれる居酒屋が少ないんだろうなぁ」

前回の電話で言っていた撮影予定日はとうに過ぎてます。

にも関わらず更衣室と店頭のシーンが撮影できていないのでしょう。

 

すこし気の毒だけど、あの電話ではなかなか貸してもらえないのも無理はないです。

 

どうせ「お遊び」の撮影でしょ。

そう思わせてしまうくらい、頼りない印象を与えるのです。

 

ましてや一般的に飲食店で撮影などをする場合、営業保証などを支払う必要があります。

店の規模にもよりますが、数万円から撮影用に貸し出すところが多いようです。

 

きっとそのあたりの金額も折り合いがつかなかったのでしょう。

 

その点、当店は「営業保証」方式ではなく「時間貸し」方式です。

休日であれば1時間あたり3,000円で貸し出すとウェブサイトでも明記してます。

 

他の店なら数万円要求されるけど、ココなら一時間で終わらせれば3,000円で済む。

そんな思いがあるのでしょう。

 

 

『店に更衣室がないなら更衣室のシーンはカットでよか!!!』

 

 

脚本になおしを入れる学生の姿がありありと浮かぶようです。

 

 

「いやぁ、青春って本当にいいものですね~」

 

なんだか微笑ましく感じ、念のため撮影予定日は我々もプライベートの予定を入れず、万が一当店での撮影が決定したら対応できるよう妻と二人でスケジュールを調整しました。

 

 



 

 

撮影日の二日前、撮影決行の連絡をもらいました。

結局、ロケハンにはいらっしゃらなかったようです。

 

じゃっかん「おめでとう!貴方の店で撮影しますよ!」感を含んだ言い方なのがまたおかしく、ぼくは思わず東京工芸大学の偏差値をネットで調べてしまいました。

 

もちろん当店にとっても時間貸しは収益に柱のひとつなので有り難いですが、「なんと我々の映画の撮影地に決定しましたよ!」と言わんばかりのおめでとう感には「高校生や大学生にありがちな全能感」が滲んでいて、自分が十代だった頃の「なんにでもなれる!」と思っていた無軌道な若さを追憶するようでなんだか面映いです。

 

 

ぃよっ!!!将来の巨匠!!

 

ぼくの店が巨匠の作品のロケ地になって嬉しいっす!!!!

 

 

ここまでの道のりでたくさんの「希望」を捨てながら多くの「諦め」を拾い続けて歩いてきたおじさんから、微力ながらのエールです。

 

 

それと、偏差値の件は正直すまんかった。

 

 

 

「あ~あ、なんか羨ましいな~」

 

十代の頃を静岡の田舎で過ごし何も得られないままおじさんになってしまったぼくにとって、自主映画制作なんて目の眩むような☆THE☆青春☆です。

 

……正直、羨ましい。

 

……そういう青春を送りたかった。

 

オレ、オマエ、で呼び合える友だちが欲しかった。

 

放課後の校舎の裏で煙草を吸いながら夢とか語りたかった。

 

背の高い彼女も欲しかった。

 

目標を共有する仲間が欲しかった。

 

卒業式の日に「もう着なくていいんだ!」っていながら学ランを川に放り投げたかった。

 

彼女と制服で自転車に二人乗りしたかった。

 

教室内カーストの上の方でわちゃわちゃしたかった。

 

体育館裏で告白とかしたかった。

 

校舎の屋上から沈んでゆく夕日を眺めたかった。

 

卒業式で泣きたかった。

 

校歌もちゃんと暗唱できるようになりたかった。

 

教育社会にしっかりとコミットして若さを謳歌したかった。

 

 

 

「どんな人が来るのかしら」

 

……自分の冴えない青春時代を思い返しては萎んでしまう心を必死で膨らませて、

妻と二人、二日後の撮影にワクワクしながらカレンダーに「映画撮影」と書き込みました。

 

 

 



 

 

『サンデー毎日』という名前の写真週刊誌があります。

本当に毎日がサンデーだったら幸せだなぁ。などとほざきながら迎えた撮影当日のサンデー。

 

 

昼過ぎに出勤して掃除を済ませ、ぼーっとしていると電話が鳴りました。

 

「世田谷での撮影が終わってそちらへ向かっているんですが、渋滞でして、30分くらい遅れてます」

「何時でも構いませんよ」

すでに店の掃除は済んでいるので、ぼくはそう言って電話を切りました。

 

が、なぜか当初の予定時刻にオンタイムで撮影班が現場入りしました。

「きっと、念のため最悪のパターンを想定して、わざわざ遅刻の電話をくれたんだな」

自分が若かった頃はそんなシオらしさなんて微塵も持ち合わせていなかったので、若者の草食化も悪くないように感じます。

 

 

「これから機材を搬入します、よろしくおねがいします」

最初に来店した二人の男子学生が深めに頭を下げました。きっとロケハン担当なのでしょう。

 

「よろしくお願いします。どける物とか邪魔なものがあったら言って下さい」

 

ぼくと妻は厨房でライスバーガーにかじりつきながら姿勢をととのえ、学生映画クルーのシゴトっぷり観察に入りました。

 

 

ロケハン担当の二人の合図で、ぞくぞくと搬入が始まります。

 

 

学生とはいえ、思ったよりも本格的です。

 

 

『霧島、部活やめるってよ』の神木くんのようなものを想像していたぼくの予想は大きく外れ、監督、助監督、衣装担当、女優、カメラ、などの業務がすみ分けされ、しっかりとした分業制になっています。

 

 

指示出し用の無線も、トランシーバーではなく相互通話が可能な無線インカムです。

 

 

「私立だからお金があるんだね」

思わず妻に耳打ちするゲスいぼく。

 

 

大人になると、頭の中はカネと性でいっぱいです。

 

 

夢にキラキラと輝く彼らの明るい眼差しを見ていると、自分の卑小な人間性がいっそう深い色合いの影を浮き彫りにします。

まさしく光度が高ければ高いほど影の色が深く黒くなるように。

ついつい高価そうな機材の値段を想像してしまうのです。

 

違うぞ、あれは夢をつくる機械なんだぞ。

 

自分にそう言い聞かせますが、やはり二言目には「でもお高いんでしょう?」と自分の中の汚れたババアが顔をのぞかせるのです。

 

 

 

ぐぬぬ。。。。

心の汚れた大人になってしまった。。。(´・ω・`)

 

 

 

汚れっちまった悲しみに厨房が打ちひしがれていると、映像チェック用のモニターも搬入されてきました。

 

 

モニターがテーブルの上にセットされると、いかにも本格的なロケ現場です。

 

「正直、養生してほしいよな」

妻にこっそりと耳打ちするぼく。

 

客席のテーブルにモニターとか備品を入れたコンテナを直置きする学生クルー。

せめてダンボールでも敷いてから機材を載せて欲しい。

個人差あるとは思うのですが、「食卓に撮影機材」はぼくの衛生観念ではNGです。

 

 

とはいえ大人になると、そのあたりを指摘する勇気もありません。

「シロートは黙ってろ!映画ってのはそーゆーもんだ!」

若者にすごまれたら、なにも言えなくなってしまうくらいおじさんのメンタルは弱いのです。

 

 

「あとでもう一度テーブルを拭けばいいか、うん。まあ多少の傷ならね、うん」

自分を納得させる能力も、大人になってから身につきました。(´・ω・`)

 

 

 

さて、満を持していよいよ監督の登場です。

放課後の部室で映画論を語る冴えない連中を想像していましたが、監督は津田大介を細くした感じの金髪イケメンでした。

 

彼が未来の巨匠かぁ。

巨匠の名刺とか頂けないかなぁ。

 

が、巨匠はそんなに安くはありません。

そりゃそうです。

監督はやはり監督然としているからいいのです。

 

 

屋外のカメラアングルや歩きながらセリフを発する地点などの指示が始まります。

 

「もう少しあっち」

 

監督が言うと、アシスタントがそれを口頭でカメラ担当へ伝えます。

 

無線つかえばいいのに。。。。

内心思いながらライスバーガーを頬張っていると、それに気付いたアシスタントが指摘し、助監督がインカムで指示を出します。

 

【写真】監督と主演女優

【写真】店外=撮影現場

 

【写真】高そうな機材

 

 

 

演技指導が終わると、最終リハです。

「そうか、1カットずつ撮影するから通しリハは不要なんだ」

舞台と違い、映画にはランスルーやゲネはありません。

演者もセリフを何ページも暗記する必要がありません。

ワンカットずつ、積み上げるようにして作られていくのです。

 

ものづくりの手順の違いって、興味深いですよね。

 

 

 

 

「本番!」

 

「はい本番!」「本番!」「本番!」

 

最終リハが終わると、監督の合図で各セクション担当に伝達されます。

 

店舗前での撮影なので、ぼくらは見切れる心配もありません。

引き続き撮影の様子を観察します。

 

バイト終わりという設定の主演女優が店の前でなにか言うシーンです。

ぼくらの位置からはバイト終わりの「おつかれさまです」しか聞こえませんが、そのあと退店後に店の外でなにか出来事が発生しているようです。

 

カメラも屋外にあるので、主戦場は店外。

店内には監督、アシスタント、ヘアメイク、衣装などの担当者が控えています。

 

 

分業制が徹底されていて、本当にプロのようです。

別々の技術会社に所属しているプロが集まった制作チームみたいです。

 

 

唯一同じ大学の仲間だと感じさせるのは、助監督や音声が監督にタメ口で話す点です。きっと同級生なのでしょう。

 

しかしひるがえって、そのあたりからも青春の香りが漂ってきます。

 

 

 

「もしかして、主演女優と男女の関係になったりするのかな?」

妻にこっそり耳打ちするゲスいワタクシ。

 

 

繰り返しになりますが、大人になるとカネと性の話が真っ先に浮かぶのです。

 

 

目の覚めるような鮮やかな青い春を目の当たりにして、ついつい「ゲスの極み、大人」モードが発動してしまいます。

 

 

「あの女優、おれヤッたから」

「お前カツラ担当の分際で女優に手ぇ出したのかよ!」

「うるせー、お前だってマイクケーブルのフォロー担当じゃんかよ!」

 

 

昼ドラのようにドロドロの映画制作チームを想像し、ニヤニヤするおじさん。

 

 

 

おとなになると、このように腐っていくのです。(´・ω・`)

 

 

 

一方の腐ってないほうの皆様は真面目に撮影の真っ最中。

 

暖かな雰囲気と夢を追う本気の眼差し、みんなで一つのモノを作るという美しさ。

なんだか、自分の人間としてのダメさ加減がイヤになってきます。

ぼくみたいな腐ったみかんと一緒にいたら、彼らまで腐ってしまう。

なぜかそう強く感じ、自分がこの空間に存在すること自体が、申し訳なく感じてきます。

自分の人生の覚束なさとを思うと、輝かしい将来へ邁進する彼らは、安易に話かけてはいけないくらい神々しい存在です。

 

 

 

生きててゴメンなさい!

 

 

生きている自分にバツを与えるつもりで、高コレステロールのライスバーガーとポテトフライを一気に頬張りました。

 

 

 

 

 

……ぅんまいっ!!!!(*´∀`*)

 

 

 

 

 

女優の表情やカメラアングルの小さな変更などをいれつつ、本番を5テイクほど撮影し、終了。

 

 

 

 

「はいOK!」

 

「OKです!」「OK!」「OK!」

 

 

OKの掛け声と同時に撤収が始まりました。

 

 

このクルーはやはりプロさながら段取りが良く、OKが出た直後には店外に機材車を横付けして搬出していきます。

 

 

ほどなくして移動車もやってきて各自乗り込んでいきます。

 

 

ぼくも慌てて立ち上がってホールに出て、なにか手伝えることはないかと探しますが、シロートのぼくに出来そうな作業は皆無。

 

 

「お疲れ様です、ありがとうございました」

 

何人かのクルーに挨拶をしていると、あれよあれよという間に、店は空っぽ。

 

 

 

煌々と点いた照明がひたすら明るい店頭に並んだ機材車と移動車がスッと滑り出し青梅街道方面へ。

 

 

「学生とはいえ、プロっぽかったよね」

「監督イケメンだったね」

「女優もかわいかった」

 

 

 

店頭の照明を消灯し、撮影の感想を言い合っていると、不意に妻が言いました。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、お金は?」

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

お金??

 

 

 

大人になると頭の中に飽和するアレのこと??

 

 

 

 

 

 

 

「スペースレンタルの利用料金。一時間3000円でしょ」

 

 

 

 

 

はっ!!!!!(;・∀・)

 

 

 

 

あの人たち、料金支払わずにかえっちゃった。。。。。。。

 

 

 

「連絡先とか知らないの?」

 

 

 

 

名刺交換とかしてないし。。。。。。(´・ω・`)

 

 

 

 

「ふぅん。とりあえずテーブル拭いて片付けしましょう」

 

 

 

 

「あ、はい」

 

 

 

 

どうやら青春ってやつは、ゲスい大人にさえ、うっかりカネのことを忘れさせる力があるようです。

 

 

 

 

「休日返上で、収益にならない掃除だけをする日曜日も悪くはないよね」

ぼくはさっきから我慢していた煙草に火を点け、深く吸い込みました。