「最後の○○」





 

あ、ども。

 

 

例えば前夜の食事の主菜、最後に乗った電車の路線、最後に笑ったのはいつだったか。

 

突然尋ねられた時、すぐ回答できますか。

 

 

 

記憶力がニワトリ級のチキン野郎であるぼくは先日、

 

「え? さっきも同じこと言ったよ」

 

と一日に二度も指摘されました。

 

シラフなのに数分前までの会話すら覚えていなかったのです(´・ω・`)

 

こうして書いていても自分でも、ウソだろ……?? と思います。

 

本当に情けない。

 

恥ずかしい。

 

もしかして若年性のアレなんじゃないか??

 

そう。あれ、アレ、なんとかハイマー。

 

あ、そうそう。思い出した。

 

若年性アルツハイマ。

 

だったっけ???(´・ω・)

 

 

 

むかし読んだ明日の記憶では、若年性アルツハイマーの主人公が陶芸教室の先生に月謝を二重取りされるシーンがありました。

 

通っている陶芸教室の月謝を支払ったという記憶自体が抜け落ちてしまっている主人公が、まんまと悪意をもった先生に言われるがまま月謝を二度も支払ってしまうのです。

 

 

「オレもいつかこうなるのかな……」

 

 

そう思うと不安で不安でおちおち昨日の夕食も覚えてらいれません。

 

ましてや過去に謎の頭痛で深夜病棟に徒歩で緊急搬送されたぼくとしては、自分の脳味噌のメモリー容量に不信感が募る日々です。

 

 

 

そこで相談がてら、そのクソエピソードを友人に話すと、

 

 

「あ~、酒飲んでたらともかく、シラフはないわ~」

 

 

と哀れみの眼差しで一瞥し、

 

 

「でもたまになら大丈夫じゃね?」

 

「酒のんでたらあるあるだし」

 

「別に脳に問題があるって感じじゃないし」

 

「オレも酒飲んだらやっちゃうしな~」

 

 

 

とフォローになっていないフォローをたたみかけてくれたのですが、励まされれば励まされるほど自分の無能さがより際立ってしまい大変きまずい空気を胸いっぱいに吸い込みました。

 

 

酒を飲んだ時だけ記憶をなくすのとシラフとでは、同じニワトリ頭でも「名古屋コーチン」と「特売のブラジル産ブロイラー」くらいの隔たりがあります。

 

 

そう、わたしは特売チキン野郎。しかもブラジル産の。

 

リオデジャネイロの風にトサカをなびかせるラティーノさ。

 

今度、サンバ教室にでも通ってみようかな(´・ω・`)

 

もちろん月謝は銀行引き落としにしてもらおう。月に一回。

 

 

 

・Would you capture or just let it slip?

 

さて、昨年末の東芝の株価のように記憶力が急降下しているブロイラーおじさんのぼくにも唯一はっきりと回答できる「最後の○○」があります。

 

 

 

「最後に美容院にいったのは??」

 

 

 

はい、中2の頃です。(キリッ)

 

 

実はわたくし、15歳から一貫して風呂場やトイレや学校でジャキジャキとセルフカットをしてはキノコ頭を整えていたのです。

 

 

私服もダサいしチビなので美容院なんてあっちサイドの人たちだけが入れる華やかな場所という印象があり、キラキラのテラス席でさえ居心地が悪く感じてしまうぼくのような垢抜けないおじさんは指を咥えて眺めているだけ。猫に小判。おれに美容院。

 

 

どこかで劣等感を抱えながら、美容院に行く男はチャラいというナゾ論法で自分をなぐさめ、あくまで自分は24色入りの色鉛筆セットでいう「白」なのだと、華やかさを諦めて二十年を過ごしてきました。

 

 

もちろん「赤」や「黄色」の人を羨ましく思った時期だってありました。

 

 

でもやっぱりぼくは所詮「白」です。豚に真珠。ぼくに色彩。

 

 

 

 

 

先日、そんなホワイトチキンボーイにも転機が訪れました。

 

ある常連さんが近所の美容院で店長をさなっているとの情報が入ったのです!

 

これはチャンスだ!!!(*´∀`*)

 

思わず頭の中でエミネムの「Lose yourself」のイントロが流れだしました。

 

 

冒頭の語りでエミネムは言います。

 

 

「なあ、もしお前がずっと望んでたもんが手に入るたった一度の機会があったら、掴みにいくか。それともみすみす見逃すのか」

 

 

美容院なんて空間は別世界だと思っていたぼくに訪れた千載一遇の契機です。

 

 

美容院セカンド童貞卒業のチャンス!!!

 

 

Would you capture or just let it slip?

 

 

ぼくは「Lose yourself」のPVのエミネムさながら、鏡に映った自分自身を睨みつけました。自分自身のキノコ頭を。

 


 

さっそく平日の昼間に予約をいれたぼくは、はたと立ち止まりました。

 

 

「差し入れとか持っていかなくていいのかな???」

 

 

よくある舞台やライブの楽屋挨拶のように、気の利いた手土産を持って行くべきなんじゃないだろうか。

 

 

なにしろ相手は美容室だ。

 

 

いや、現代風に言うならサロン(↑)です。

 

 

スタイリッシュな振る舞いが求められる空間に違いありません。

 

 

「でも」

 

一方でもう一人の自分が脳内でささやきます。

 

「でも、差し入れなんて必要ないんじゃね?」

 

「そもそもこっちは客なんだから、普通に散髪をお願いすればいいんじゃね?」

 

サロン(↑)に行くという行為に引っ張られて、心の声もついつい語尾を上げてしまいます。

 

「そんなことより見本となる芸能人の写真とか持っていったほうがいいんじゃね?」

 

「雑誌の切り抜き持っていって『この福山雅治みたいにしてください』って古くね? スマホで福山見せればいいんじゃね?」

 

「そもそも福山カットにしたいわけじゃなくね?」

 

「髪型はおまかせしちゃえばよくね?」

 

「でも前髪短くされたらやばくね?」

 

 

ぼくは人と目が合うのが怖いので、往来を歩く時は前髪で目を隠したりしています。

 

もし前髪をバッサリいかれたら、視界のカーテンを失ってしまうのです。

 

原宿あたりにいる前髪事故った女の子のメンタルの強さに敬服しつつ、ぼくは美容師さんに

 

「前髪は他人の視線を遮るためにどうしても不可欠な存在であるという点を充分ご留意いただいた上で髪型は基本おまかせ」

で発注することを決め、予約の前日は少し早めに床に就いたのでした。

 

 

散髪の当日、10時に目覚めたぼくは、まずシャワーで念入りに洗髪し、約束の12時に間に合うように家を出ました。

 

「手土産はナシとして、せめてレッドブル的な差し入れはアリなのでは?」

 

緊張感が空ぶかしの音をあげているぼくの脳みそは、誤答ではないであろうキワキワのラインをどうやらレッドブルに絞り込んだようです。

 

 

ででんっっ!!!

 

突如開幕する脳内臨時国会。

 

今国会の争点は通常国会閉幕直前に野党が提出した通称「レッドブル法案」の審議を巡って行われ、与党内も賛成派と反対派とに分裂の様相を呈しております。

 

賛成派の「礼節担当大臣」と反対派の「過剰な気遣い担当大臣」とが激しい舌戦を繰り広げております。

 

 

わたなべれーせつたんとーだいじん。

 

 

委員長の抑揚のない声に呼ばれた大臣がまくしたてると、相手も委員長からのコールを待って回答する。

 

一進一退の攻防戦。

 

ぶつかり合う理念。

 

もつれ合う思想。

 

国家を思う熱い気持ちと気持ちとが放つ火花。

 

つかの間、それらを消し去るように轟く脳内閣総理大臣の怒号。

 

 

「もうその件考えるのめんどくせ~っ!!!」

 

 

…….後の「考えるのめんどくせ~解散」である。

 

 

というわけでぼくの脳内閣は総辞職。

 

 

差し入れを持っていくか否かを議論の俎上にあげないことで悩みを凍結したぼくは、手ブラで、いかにも美容室なんて日常茶飯事ですよ~ふっふ~♪感を演出しながらビルのエレベーターに乗り込んだのでした。

 

 

 

 

 

 

エレベーターが開くと最初に視界に見切れた女性に向かってぼくは開口一番言いました。

 

 

「あ、あの!12時に予約したものですっ!よろしくおねがいしますっ!」

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・え?(´・ω・`)

 

 

 

 

なんということでしょう。

 

 

女性はぬるいお好み焼きにかけたかつお節のようにノーリアクション。

 

 

 

あれ? 店を間違えたか???

 

それとも予約の行き違いか????

 

背中に滴る嫌な汗。

 

逼迫する状況。心拍数上昇。

 

気がつくと火が点くシナプスの暴走。

 

刹那の歌詞が去来した次の瞬間、

 

 

 

「ありがとうございました~」

 

 

女性のかたわらに見切れた男性が頭を下げました。

 

 

 

 

え????

 

 

 

 

すると、混乱で飽和したぼくを冷笑するように、女性は男性に軽く会釈を返したのです。

 

 

 

 

パンパカパ~ン♪

 

 

 

バカ誕生の瞬間でした。

 

 

ぼくは女性のお客様スタッフの方だと勘違いし、

 

あろうことか「よろしくお願いします」とまで言っていたのです。

 

 

 

はずかしい(´・ω・`)

 

 

 

 

エレベーターで去っていく女性をなるべく見ないようにしていると、

 

 

常連の美容師さんがぼくに気付いてくれました。

 

 

 

「あ、ども。てへへ」

 

 

女性客をスタッフだと勘違いしたことがバレたらぼくは一巻の終わりだ!!

 

 

 

この局面で発動したぼくの自意識過剰が恥ずかしさにブースターをかけます。

 

 

バレてませんように!!!

 

 

無神論者のくせにこんな時ばかり都合よく心の中で手を合わせていると、美容師さんは店内へアテンドしてくれます。

 

 

 

 

 

 

ふぅ・・・バレてなかった。

 

 

 

安心したのも束の間、

 

 

 

「あ、かばん・・・」

 

 

という美容師さんの一言によってぼくの脳内は再びパレスチナ自治政府の管理下のように混沌を極めました。

 

 

 

かばん???

 

おれのカバンがダサいのかな。

 

カバンがダサい人お断りの美容院なのかも!!!

 

いや、たしかにAmazonで買ったけど。

 

それでも1万円くらいしたし、値段の割にお買い得だし。

 

「あの、かばん・・・」

 

そうだよね。

 

おしゃれな人が集う空間にバックパックを背負った30代なかばの男は似つかわしくないよな。

 

しかもキノコ頭の。

 

マルジェラとかのアヴァンギャルドなデザインのカバン軽い気持ちで持ってる感じにしないと、この華やかな空間にはふさわしくないよね。

 

でもおれマルジェラ持ってないし、買えないし。

 

このままマルジェラ所有者になれなければぼくは死ぬまで美容師さんに散髪をしてもらえないのかも知れません。

 

 

恥の多い人生でした。

 

 

セルフカットの多い人生でした。

 

 

 

 

 

「カバン、お預かりします」

 

 

 

・・・・・・え???

 

 

美容師さんの言葉にぼくは束の間、混乱しました。

しかしすぐにメダパニは解け、頭上の電球が灯りました。

 

そうです。

先程からコンラン続きのぼくのシナプスは、通常よりも早い処理速度で最適解を導いたのです!!!

 

 

 

 

クロークだ!!!

 

 

 

 

そうなんだ!!!

 

 

 

 

 

東京の美容院にはクロークがあるんだ!!!!

 

 

 

 

そうなんだ!!!

 

 

 

 

おかーさん、東京の美容院にゃクロークさあるずら~!!!

 

 

 

大声で叫びたい気分でした。

 

地元に帰った時の同窓会でやたら東京風を吹かす東京在住のヤツになりたければこのネタは使えると思います。

 

 

 

東京の美容室にはクロークがあるのです!!!!

 

 

そーなんだ。しらなかった。

 

 

しかし「そーなんだ」と思った事を悟られてしまったらぼくは一巻の終わりです。

 

 

どうして「週刊そ~なんだ-美容室編-」を今日まで購読しなかったのかたいへん悔やまれます。

 

 

焦ったぼくは、なぜか手に握っていたスマホとポケットに入れていた鍵を慌ててバックパックに放り込み、カバンごと美容師さんに手渡しました。あたかもクロークの存在を知っていたかのように。

 

 

 

案内されて席につくと、目の前にはピカピカに磨かれた大きな鏡。

 

 

鏡の中で緊張しつつもなぜかニヤニヤしているぼく。

 

 

おい、こっち見んな。

 

 

鏡の中の自分を睨みつけます。

 

 

皮肉なもんです。

 

人の目が怖くて前髪を伸ばしているぼくを、同じく前髪で目を隠したぼくが睨み返すのです。

 

 

 

鏡の中の自分の目が怖いので店内の内装に目をやると、むき出しの天井に這うダクトや配管もなんだかおしゃれで、ふだん天井の下で暮らしている自分のライフスタイルがダサく思えてきます。

 

 

 

「どんな風にしましょうか?」

 

 

午後の穏やかな静けさの中で、美容師さんがiPadでいくつかの写真をスワイプします。

 

 

ぼくはあらかじめ決めておいた例のヤツをオーダーしました。

 

「人と目が合うと怖いので、前髪は長めがいいです。あと、脱キノコ宣言したいです」

 

 

要約しすぎてうっかり脱ダム宣言みたいに言ってしまったのが心残りですが、美容師さんも職人の勘でぼくの意味不明な宣言に批准を表明してくれました。

 

 

 

さっそく名前のわからない大きな生地を首に巻き、作業開始です。

 

 

窓から差し込む柔らかくて暖かな陽射しにうっとりしていると、カットの段階に入りました。

 

 

耳元を小気味よく通過していくハサミの音。最初はなんだか耳をちょん切られる気がして怖かったのですが、慣れると官能的なほど正確にビートを刻んでいて惚れ惚れします。

 

 

 

おれも久しぶりに長ネギの小口切りの練習しようかな。。。

 

 

 

他人の技術を目の当たりにすると、なぜか自分も頑張ろうという気持ちになれます。

 

これだけでも美容院に来た意味があった!!

 

なぜかこの時ぼくは強くそう思いました。

 

 

 

 

 

 

 

しばらくすると美容師さんが鏡台の上に配置された雑誌を勧めてくれました。

 

 

 

そうです。

 

 

 

これが俗に言う美容室で勧められる雑誌の読者ターゲット層が周囲から見た自分の見た目年齢問題です。

 

 

 

普段は「non-no」とか「Ray」を読んでる女子大生が、美容室で「Oggi」や「25ans」を用意されていてショックだったという報告は枚挙に暇がありません。

 

 

 

ぼくだって「Street JACK」とかだったらショックです。

 

 

 

かといって「LEON」も嬉しくない。

 

 

 

ディアゴスティーニ「週刊 日本の城」とかだったら悪い気はしないけど、完結するまで毎週通いたくなってしまうし、求人情報誌だったらガチすぎて笑えない。

 

 

 

おもむろに鏡台の上に目をやると、グルメ特集の組まれた「おとなの週末」的なやつが3冊。

 

 

なんということでしょう!!!

 

 

かつてこれほどホスピタリティに満ちた空間がこの日本にあったでしょうか!!

 

 

仕事ができる男は違うぜ!!!!

 

 

 

 

 

ぼくの読みかけの小説や漫画を放り込んでいるだけの自分の店の本棚が恥ずかしくなりました。

 

「どうぞ読んで下さい」「なんなら貸しますよ」と言い続けても一向に需要が低迷しているのはホスピタリティ精神に欠けているからにほかありません。

 

 

だってあれ、オレの趣味だもん。

 

誰も借りるわけないじゃん。

 

 

 

 

他人の仕事から学べることは本当にたくさんあります。

 

美容院にきてよかった~。地球に生まれてよかった~。

 

 

 

歓喜の雄叫びを上げながらウホウホと「おとなの週末」を読んでいるともの30分で施術は完了。

 

 

 

 

 

 

「頭の形が出っ張っているんで、こことここを押さえるようにしてください」

 

洗髪をしてドライヤーでととのえる段階で美容師さんが言いました。

 

「でトップを少し浮かせるようにしてください」

 

そのほうが顔が小さく見えるし頭の形も隠せるのだそうです。

 

 

そうなんだ。

 

自分の頭蓋骨が逆三角形だなんて知らなかったよ。

 

「週刊そ~なんだ-頭蓋骨編-」を読了した気分でお礼を言って、クロークから戻ってきたカバンを、さも当たり前のように受け取り、料金を支払いぼくは店を後にしました。

 

 

 

 

嗚呼!!

 

 

 

素晴らしい気分です!!!

 

 

これでぼくもトレンドに敏感な大人の男の仲間入りです!!!

 

 

 

「なにしろオレ、美容院で髪切ってっから!!!」

 

 

 

 

思わず口に出そうになりながらスキップ寸前のルンルン気分で家路へと急ぎました。

 

 

 

家につくなりソッコーで鏡の前に座り込み、髪をぐちゃぐちゃにしたりなおしたりしながら新しい髪型を堪能しました。

 

 

ととのえたりくしゃくしゃしたりしている間に、時間は過ぎていきます。

 

 

ふと我に返ると、もう出勤の準備をする時刻。

 

 

やべえやべえ、そろそろ準備しなきゃ。

 

 

いつもなら起床の時間です。

 

 

ぼくは毎朝するように、まず冷蔵庫から妻が用意してくれたごはんを取り出しレンジで温め、スマホでニュースサイトやSNSをチャックしながら遅めの昼ごはんを平らげ、歯磨きをしながらシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かしている時、ふと気づきました。

 

 

 

 

 

 

オレ、美容室に行く前にシャワー浴びなかったっけ???

 

 

 

 

そうです。

 

 

 

 

ぼくは自分が朝シャワーを浴びたことを忘れていたのです。

 

 

 

やはりぼくは「名古屋コーチン」にすらなれなかったみたいです。

 

 

さっぱりとした新しいぼくの髪の内側で、ニワトリ並の脳みそが脈打っていました。