夜は短し歩けよおっさん【実録☆開業日記9】




 

前回まで

店の名は。【実録☆開業日記0】

限りなく不透明に近い立地戦略【実録☆開業日記1】

出会って4秒で申込書にサイン【実録☆開業日記2】

創業計画書の理想と現実【実録☆開業日記3】

公庫の面談に必要なのは海老蔵クラスの演技力【実録☆開業日記4】

合法的借り方のすすめ【実録☆開業日記5】

無職モラトリアム【実録☆開業日記6】

自己演出炸裂ボーイ【実録☆開業日記7】

現金に体を張れ【実録☆開業日記8】


 

Y社が重い腰がなかなか上がらない期間、ぼくはとりあえず現段階でできることに取り組みました。

 

そう。

まだまだやるべき事はたくさん残ってます。

なにしろ不動産契約すら滞っているのですから。

 

 

 

まず決めたのは店名でした。

命名に関しては前述の通りですが、今では少し恥ずかしい思いインパクトの強さが訴求や店の認知に奏功している実感とを清濁併せ呑むような気持ちです。

 

とはいえ親戚に店の名前を訪ねられたら、やっぱり恥ずかしいです。

なんだか「中二病丸出し」で。

 

「ぼくのりりっくのぼうよみ」という名前のラッパーがいますが、そのメンタルの太さを尊敬しています。

 

 

 

店名が決まると、次の一歩は言うまでもなく「ロゴ制作」です。

「自意識過剰」という音と文字だけの情報を図柄として落とし込む作業は容易ではなく、私服のダサさに定評のあるぼくがデザインという高尚な表現を自分でこなすなんてとてもじゃないけれど力不足でした。

 

しかしぼくにはデザイナーの友人は皆無。

美大卒の妹も建築パースを描いてる母もなんだか心許ない。

 

「ぜんぶ自分ひとりでやってみよう!」

どこかに過信があったのかも知れません。

 

それでも、ぜんぶ自分でやってみれば自分にできることとできないことが明白になる。

そこから考えたって遅くはないし、意外とそういう分別をもつことは大切なんじゃないでしょうか。

 

なんでも器用にこなせる人間よりも、できない事を把握して外注しながら仕事を捌く能力がある人の方が魅力的だと思います。

 

ぼくを含め、職場や学校で時おり出会う「自分の能力を客観視できない人」は周囲にとっては迷惑ですよね。

 

きっとカリスマ性ってやつは万能のことではなく自分の能力や魅力を客観視できる力のことなのだと思います。

 

 

 

デザインに着手する前にまずイラストレーターというソフトをダウンロードしました。

イラレなんて本当に久しぶりに使ったので、慣れるまでに大変時間がかかりました。

(これから開業する予定の皆様は、なにとぞ外注することをおすすめ致します。ほんとうに。)

 

 

イラレの扱いに慣れた頃、いつもお世話になっている高級雑貨店ダイソー様で習字セットを購入しました。

まず半紙に「自意識過剰」と筆書きし、それを写真に撮影してトレースするという気の狂うような作業から始めてみたのです。

 

写真データを拡大し、筆のカスレやハライの部分に1つずつアンカーをとって曲線をひん曲げて図形にする。

 

 

イライライライラ。。。。。。

 

 

ぐぬぬ。。。イライライライライラ。。。。。。。

 

 

「ぬをぉ~!!!ふんぬ~~ッ!!!!」

 

二時間かけて最初の「自」の輪郭が見えてきたあたりで思わずPCを逆パカッしそうになり、ついに憤怒しました。

 

 

そして手段を失ったぼくは、禁断のステロイドに手を出してしまったのです。

 

そうです。

そうDEATH。

SOなんDEATH。

 

 

いや、パクリではなくデフォルメと表現させていただきたい。

 

 

まず文字ツールで「自意識過剰」と書き、それを自分の筆跡に似るようにハライを伸ばしたり縮めたりして既存のフォントを加工しました。

 

数日に渡ってその作業を繰り返しながら全体のフォルムを整え、当店の中国人が書いたようなロゴが完成したのです。

 

 

ロゴが完成してしまえば、そこからショップカードや名刺を作るのは決して難しくありません。

 

すでにイラレの奴隷となっていたぼくには朝飯前に食った夕食前に食った昼食くらいのものです。

 

 

 

しかしその前に同時進行でやるべきことがありました。

独自ドメインの取得です。

 

 

 

ウェブ上の住所であるドメインを取得し、いつでも店舗情報にアクセスできる環境を提供すべきだと考えました。

その上で、ショップカードには実店舗の住所だけではなくウェブ上の住所であるURLを表記すべきだと。

 

 

 

当店のURLは「nakanosakaue.tokyo」です。

そう、店名ではないのです。

 

たとえば「jiishikikajo.tokyo」などでもイイと思います。

しかしぼくは万が一閉店せざるを得ない場合、なにかに転用できそうなドメインが良いと考えました。

 

閉店となれば少なくない借金を背負う事になります。

手持ちのモノならなんでもお金に変えるくらいのヴァイタリティとしたたかな出口戦略にもとづき「中野坂上.東京」という汎用性の高そうな文字列のドメインを取得しました。

 

万が一経営不振で閉店したとしても、「nakanosakaue.tokyo」というドメインを使って中野坂上に特化した地域情報サイトを運営する。もしくはドメイン自体を転売する。などの転んでもタダじゃ起きない前向きなのかネガティブなのかよくわからない精神です。

 

また地名のほうがSEO対策的な意味でも有利だと思います。多分ね。

 

ドメイン取得やレンタルサーバーなどに関しては費用がかかります。

「販管費」の中でもとりわけ「宣伝広告費」に分類される支出はその分の売上のリターンがのぞめなければ意味がありません。

 

幸いなことに当店では「ブログ見て来ました」とおっしゃって頂ける機会も少なくありません。

しかしながら、多くの店舗紹介に終始しているだけの企業ホームページ動員には繋がりません。

 

余計なコストをかけるくらいならホームページは持たずに無料SNSとグルメサイトの有料会員になった方が効率的だという判断もアリだと思います。

 

しかし当店の場合、結果的にブログの広告収入でそれらの維持コストを賄えています。

WordPressを使えば昔のようにHTMLタグを組んでブログ記事をアップする必要もありません。

 

万が一経営不振で閉店したら、どこかに再就職する事になります。

そう思うと、自分にできることを増やしておくというのも、社会に承認されるために必要ではないでしょうか。

 

ネガティブなぼくはやはり自分でやってみることによって自分でできることを増やしてしまおうと企てたのでした。

 

 

 

暴走モードに入ったぼくはここで悪い癖を発動させました。

「セカンダリーインカムが必要だなぁ」

とひとりぼっちの自宅で白々しくつぶやき、再びイラレとの格闘が始まりました。

 

「セカンダリーインカム」とかいかにもなカタカナを使ってますが、要するに物販です。

副次的な収入源を確保すべきだと考えたのです。

 

まず最初に店名ロゴのステッカーを業者に発注しました。

ロットはまさかの1000枚です。

 

 

「よし!これを1枚500円で販売しよう!」

 

 

 

……そうです。

 

惣流・アスカ・ラングレーじゃなくても

「あんたバカぁ?」

と言わずにはいられないと思います。

 

 

さらに

「オリジナルTシャツを作って2500円で販売しよう!」

インディーズバンドや地下アイドルの物販戦略のように暴走しだすぼく。

 

「なんなら自意識過剰タオルもアリだな」

矢沢永吉の要素まで取り入れようとする始末。

 

「可愛い女子をバイトに雇い入れて、バイトさんとのツーショットチェキを1枚500円で!」

「題して、『会いにいける従業員』!」

 

 

もはや風営法キワキワの発想です。

むしろ会えない従業員なんてないだろ。

 

 

 

Tシャツとステッカーを制作した頃、ようやく店舗の契約が完了しました。

 

まずは店内を採寸しなければなりません。

 

 

賃貸契約を結んで初めて入った店内は、ひんやりとしていてどこか寂しげな印象でした。

 

 

たった9坪だけど、ここがこのクソ広い社会の中で唯一のぼくの居場所になるんだ。

でもどうしてこれまで家庭や職場に自分の居場所がないなんて感じ続けていたんだろう。

どうして常に自分は二義的な存在で、誰かさんのエキストラだと感じてしまうんだろう。

果たしてこの寂れた元スナックの空間が、本当に自分の居場所だと感じられるのかな。

 

人生のエポックな瞬間を、どこか混沌とした思弁を巡らせながら迎えていました。

 

 

 


 

 

 

Kさんは前勤務先の常連さんで、電気工事のおっちゃんでした。

近年は電気工事を下請けするだけではなく、改装工事を一式請け負い、電気以外の部分を工務店に外注するというスタンスで事業領域を伸ばしていると聞いていました。

「元請けをすっ飛ばして自分が全体を一式受注するってことは、きっと営業力があるんだな・・・・」

 

 

店舗の壁やカウンターを採寸したメモを渡すと数日後、Kさんから改装工事の見積もりが返ってきました。

「今さ、新しく会社を作って、これからは産廃の仕事も受けていこうと思ってるんだ」

そう言ってKさんが差し出した名刺には会社名と取締役の肩書。

「社長は別の人なんだけどね。ところで」

Kさんが自分の財布からキャッシュカードを取り出し、続けます。

「まだ会社の口座を作ってないから、オレの個人口座にとりあえず100万円振り込んでよ、前金でさ」

「あ、はい。わかりました」

スマホのアプリで入金の操作をするぼくの手元をつぶさに見つめるKさん。

「で、工事が完了したら残りを払って頂戴」

「了解です。工事自体はどれくらいの期間ですか」

「2週間位じゃない?」

「工程表とかって」

「必要なの?」

「管理組合に提出しなくちゃいけないんで」

「ふん。わかった」

「それじゃ、よろしくお願いします」

 

Kさんと別れた帰り道、お散歩をしながら近所の路面店を覗き込んだりしてみました。

 

暖かそうな店内にこれからできる自分の店を投影しながら、不安を胸いっぱいに吸い込んでは苦しさに悶えるような気持ちでした。

 

自分はやっていけるのかな。

いや、もう後戻りはできないから頑張らなきゃ。

 

おもむろにダウンのポケットに手を突っ込むと、Kさんから頂いた名刺が無造作に突っ込まれてました。

 

Kさんだってこうやって頑張って生きてるんだし。

すごいよ、あの年齢でまだまだ事業を広めるなんて。

 

Kさんが新しく作ったという会社の名刺には、改装工事だけではなく産廃事業も請け負うとの表記があります。

 

でも産廃って免許制じゃなかったっけ???

 

そうです。

そこに書かれた会社が実は存在しないという事を、この時のぼくはまだ知らなかったのです。