創業計画書の理想と現実【実録☆開業日記3】




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創業計画書の理想と現実【実録☆開業日記3】

新中野の物件に出会って4秒で申込書にサインした僕は、物件取得費用を借りるために日本政策金融公庫の窓口へと出向きました。

 

 

このころにはすっかり無職も板についていたとはいえ前職を七年以上の連続勤務経験がある僕は、公庫の「新規開業融資」というカテゴリーの対象になっているらしく、こちらは最大で7200万円まで融資を受けられます。イェイ。

なんだか天下りの受け皿みたいな名前の特殊会社なので、きっとジャブジャブ融資してくれるに違いない。

簡単に考えつつ事業計画書の作成にとりかかったのでした。

 

融資を受けて開業するというと人からは「勇気がある」とか「策略家」のように言われたり、あるいは無鉄砲で向こう見ずだと心配されたりしました。

「起業家」みたいに思われ、社会の階層をいっきに駆け上ろうとくわだてているヤツと評されたりもしました。

事業を起こす人間なんて智謀に富んだ策士でバイタリティに溢れた志の高い人間だという印象があるようです。

 

ゆとり世代ではないけれど決してロスジェネ世代でもない、昭和のケツに生まれた僕は、みみっちい財テクや太陽光発電投資をしてまでお金を増やしたいとは思わないけれど、苦痛な労働を「お金のため」と割り切ることができません。

借金をしてまで事業をはじめたい。結局その気持ちは、そのあたりの合理性にもとづいて消去法で人生プランを描いてみた程度のものなのです。

 

 

 

 

「これまでの経験を生かしさらなるキャリアアップと新たな人生のステージに云々」嘘っぽい創業動機欄を埋めながら、どうして前の会社を退職してまで開業しようなんて思ったのかと自分自身をかえりみたりしました。

 

年収400万ちょいの雇われ店長。

週休1日で、週の労働時間は70時間。

似たような境遇の同業者なら「決して悪くないよ」というくらいの就労状況でした。

もちろん、決して良くもないんだけれど。。。。。

 

 

店長になって5年目くらいだったでしょうか。

なんとなく漠然とこの先の人生を考えていました。

まるで株価のチャートをみて今後の値上がり幅を予想するように、この5年間の成長と変化はそのまま30年先の自分をうっすらと可視化させられているように感じました。

 

そしてなんだか煮え切らない気持ちになったのを今でも覚えています。

 

 

 

 

終わりなき日常との決別。

どこかで開業にそれを期待していたのかもしれません。

 

 

 

言い換えれば、別に飲食店じゃなくても日常に鮮やかな彩りを持たせられるのならなんでもよかった。

 

なにかを始めれば、何かが変わる。

 

 

いやむしろ、何かを変えなければならない。前に一歩踏み出すべき。思えば、ずっとそう言われ続けていような感覚が常にありました。

 

 

 

「目標や理想は高くなければならない」「理想を目指して目の前の階段を昇らなければならない」「幸福とは昇り続ける人間にのみ与えられる褒美だ」「社会とはそのように設計されている」

 

 

 

僕らは不確かな焦燥を煽られて盲目的にそう思い込まされている最後の世代なのかもしれません。

 

 

 

そう考えれば考えるほど創業動機欄の空虚さがイヤになるけれど、そんな空虚な伝達を「ストーリー」と読み替えて自分の価値を創出しなければならないのが社会ってやつです。

 

 

「とにかく仕事辞めてなにか新しいことを始めたかったんス」

なんて書いても経営者としての資質に大きなバツをつけられてしまうでしょう。

 

 

若干数字をいじって持続性のある事業だと思わせる「演出」も重要です。

創業当初の回転率を1.2とし、軌道に乗った後の回転率を2.0としました。

もちろん実現性の低い数字とは承知の上です。

 

 

 

なにしろ今は融資を引き出すことが直近の最重要事項であり、気の弱い僕は、あえて「融資して頂く」という感覚を排除し、「現ナマを獲りにいく」という気持ちで強気な筆致と数字の創業計画書をこしらえました。

 

 

刀鍛冶が炎の中で何度も鋼を叩いて鍛刀するように、僕はエクセルの上書きを繰り返して自分の武器を作り上げたのでした。

 

 

 

 

 

融資申請の数日前、もう何年も着ていないスーツを引っ張り出しボクは呆然と立ち尽くしました。

「このスーツ、夏用じゃん!」

飲食業界の沼に就職してから、僕ははそれまで所有していたスーツをほぼ処分していました。

たった一着だけクローゼットの奥に眠っていたスーツが裏地のない夏用だということに今更ながら気付き、念のためiPhoneで日付を確認しました。11月でした。

 

 

とは言え預貯金もだいぶ底を付きそうな状況で、ましてやこれから開業を控えている僕にたった一度の面接のためだけに冬用のスーツを新調する予算も勇気もありません。

 

武器を綿密に作ったのに、鎧への配慮がお留守になってしまっていました。

 

 

 

 

「とりま着てみようかな」

わざとらしくおもむろにつぶやき、Tシャツの上にジャケットを羽織って鏡の前に立ってみました。

久しぶりの袖を通すスーツは、なんだか堅苦しく、肩パットが不自然な感じがして、まるで吉川晃司の衣装を着ているような感じです。

 

 

念のため鏡の前で「モニカ」を熱唱してみると、熱いハートで体が火照ってきます。

 

とはいえ夏用のスーツで出歩けるほどの熱いハートは持ってませんしサングラスもないしリーゼントでもないしそもそもボクは吉川晃司ではありませんし11月です。

 

 

悩んだ挙句、当日は新しく購入した厚めのシャツに夏用のスーツを着て出かけることにし、前夜からハンガーに吊っておきました。

 

 

勝負の日なので、早めに起床し、シャワーを浴び、ヨーグルトにシリアルを混ぜた朝食で無駄に女子力をUP☆

 

10年前に妻がプレゼントしてくれたネクタイをしめ、ようと思ったけれど数年ぶりのネクタイですっかりダブルノットの結び方を忘れていたのでとりあえずググる。ついでにネットニュースとYouTubeを経由してまとめサイトをパトロールしていたら時間がギリ。

 

慌てて夏用の鎧にA4サイズの武器を持って玄関へ。久々に履いた革靴はウソみたいにつま先が尖っていて、数年前の自分からダサさのツケを払わされているようでした。

 

 

こうしてドタバタとダサさのダブルパンチで迎えた決戦の日、公庫の窓口で事業計画書類を差し出し書類に必要事項を書き込むと、後日担当者から面談に日程の連絡があるとの説明を受け、十分足らずで融資の申請は終わりました。

 

 

ちなみに僕は、公庫の創業計画書のフォーマットとは別に、不動産関係の書類、自分で作った収支計画表、開業資金の根拠となる備品リストを提出しておきました。また備品のカタログやネット通販サイトをプリントアウトしたものも添付し、備品リストの根拠としました。

 

 

【参考画像】

 

 

 

 

 

あとは面接日の連絡を待つだけです。

 

帰り道、西新宿の高層ビル街を抜けて新宿中央公園まで散歩しました。

 

 

 

ちょうど去年の今頃、ここを散歩しながら独立を決意したんだっけなぁ。

小さな感慨にひたり思わず立ち止まると、かたわらで名前も知らない雑草が風に揺れていました。