戦慄の深夜病棟〜髄膜炎疑惑〜

ランチの仕込みの最中、それは最初ほんとうにかすかな違和感だった。

「ん?」「なんだか風邪っぽいな」

と思っていたら宇宙が点からビッグバンを起こしたような勢いであれよあれよと頭が痛くなり目の前の真鯛を捌けずにその場にうずくまってしまった。

やばくね? コレいつもの頭痛じゃなくね?

かち割れそうな頭蓋骨の中で、もう一人の僕が諭す。

いいや、落ち着け。水分補給と深呼吸だ。

むむ無理だって、頭が割れそうだ。

ならば止むを得ん、帰宅だ。

救急車という手もあるだろ。

それは死ぬ寸前まで手を出してはならない禁じ手だ。

そ、そうかな・・・。もう割れそうだけど、オレのあたま。

落ち着いたらタクシーで帰宅だ。

まずはガスの元栓を。

いや、それよりも水分補給だ。

鍵は? 店の鍵は?

無いぞ。どこに置いたんだ。鞄の中か?

カバンの中には無い。ポケットの中、明け方の街、桜木町で、こんなトコにあるはずもないのに。

あ、右ポケットだ。そうだった。

食材はどうする? このまま放置はまずいぞ。

止むを得ん、後日すべて廃棄だ。炊飯器のご飯もそのままだ。

しかし・・・。

仕方ないだろ、こんな状況だ。とにかく痛みの波が落ち着いたら、店の前に張り紙をして帰宅するんだ。

病院は?

病院ったって、何科に行けばいいんだ?

オレに聞くな!

お前はオレだろ!

 

混沌と寒気と吐き気と尋常じゃない頭痛の中で自問自答を繰り返し、這々の体でようやく帰宅したぼくは鎮痛剤を嚥下しそのまま夜まで布団に包まって震えていました。

 

夜になって家人が帰宅し、付き添われる(というかほとんど介護状態)で救急病院へ行くと、なんと当直の担当医はぼくよりも若い大学生のお兄ちゃんみたいな先生。

これはラッキーだ。年季の入った威圧感のある重厚なおじさんと会話するのが苦手なぼくにとってこれは本当にラッキーだ。

柔軟でロジカルな若先生はボクの症状から真っ先に髄膜炎の可能性を指摘し往診する。採血による血液検査を済ませ点滴を打って貰うも、あまりの頭痛に待合室の長椅子に体を横たえてしまいまるで怠惰な三歳児みたいな三十路のおじさんのボク。

苦痛の中で点滴の溶液を血管に注入している一時間ほどの間も緊急要請の救急車が入ってくる。引きも切らない救急車の往来に、自分の緊急性の低さがなんだか申し訳なくなってくる。

今まさに死の淵にいる人や子供がいるのに、俺は頭痛くらいで押しかけてしまって、先生ごめん。体に不調を来たすとメンタルまで弱くなるのが、人間って生物の致命的な欠陥だな。

しばらくして急患が落ち着くと、ぼくは別室へ呼ばれた。

「あ、ご家族の方は待合室でお待ち下さい」

付き添い(ほぼ介護要員)の家人を外で待たせたことがちょっと頭に引っかかりながらあまり使われていない部屋へ通され、おもむろに先生は言った。

「髄膜炎にはウイルス性と細菌性があり、細菌性の場合、死にます」

え? 今なんて?

イエローモンキーのJAMの歌詞で「乗客に日本人はいませんでした」「いませんでした」「いませんでした」というアレみたいに、「細菌性の場合、死にます」「死にます」「死にます」とクリティカルな宣告がボクの中でリフレインする。

思わず絶句していると、

「しかし今回の場合、血液検査でも白血球の数に異常はみられませんでしたし、髄膜炎の可能性は低いと考えております」

「でもハンパなき頭痛が・・・」

「明日以降、症状が改善されないようでしたら、神経内科を受診してください。当直に担当医がおりませんので。本日はお薬をお出ししておきます」

ということで、頭蓋骨に爆弾を抱えたまま、ぼくは帰宅したのでした。

 

翌日、神経内科を受診すると専門医の先生もやはり髄膜炎の可能性を指摘。

「骨髄液と採取して検査しましょう」

骨髄液ってことは・・・。

「背中の骨に針を刺して中から骨髄液を抽出するんだよ」

(うわ、なんかで読んだやつだ。痛そう。)もし陽性だったら?

「今日から入院」

ファッ?!!!!

「そりゃそうだよ」

それはマジでまずいです。明日ははずせない仕事(貸切の予約)があるんで。

「でも、骨髄液の検査しなきゃ前に進まないよ」

でも万が一、今日、問題が発生すると、仕事にも問題が波及してしまいます。

「じゃあどうする?」

週末は気合で乗り切るんで。週明けに検査してください。

「医師としてそれは承服できない」

あくまで自己責任ということで、お願いします。

「わかった。自己責任ね。」

それに多分、髄膜炎じゃないと思います。血液検査とか触診でも異常無いし。単なる原因不明の激烈な頭痛ですよ。(こっちサイドがいうコトじゃないけど)

「自己責任ね。本当はいますぐ検査すべきなんだよ」

はい。すいません。

病院を出ると、そこは以前とは違う景色のようでした。

辛気臭い空間でくすぶっていた気分を開放するように、見るもの総てが鮮度に富んでいる。そんな風に感じました。

久しぶりにゆったりと歩く住宅街と、学校から聞こえる児童の笑い声は平和そのもので、時折さえずる小さな鳥の声は優しく、木漏れ日を浴びているとそのまま線だけになって消えてしまうような儚い感慨にさいなまれます。

人間は太陽を浴びていないとオカシクなってしまうと誰かがいってました。

本当にそうなのかも知れない。そう思った金曜の午後でした。

まだ頭は痛いけれど、とりあえず死ぬほどじゃないからオッケーってことで。

 

 

という訳で、二日間ほど臨時休業とさせていただきました。

その間、友人知人はもとより、実家の母までわざわざ東京へ来てくれたのに「臨時休業」だったと嘆いてました。

お運び頂いた皆様、申し訳ありませんでした。

痛み止めを服用してるし、もう健康だと思います。

体調も快方へ向かってますので、またよろしくお願いいたします。

母はいつ息子の店に来ることができるのだろうか。